「大同特殊鋼」といえば、世界的な特殊鋼生産企業だが、日本ではハンドボールの強豪チームと言ったほうが一般的には通用するかもしれない。 本社は名古屋だが、京浜工業地帯のど真ん中、川崎港近くの埋立地に大工場を持っている。羽田空港が面している多摩川から南へ約2km。 大昔は多摩川河口の遠浅な砂地の海だった。
平安時代末期、崇徳天皇(1123~1141年)の代、ある朝、この浜辺に一人の中年の漁師が網を持って現れた。 その時、なぜか海には一か所、光り輝いている場所があり、その漁師はそこを目がけて網を投じた。 そして、1体の木像を引き揚げた。 なんと、それは弘法大師が唐(中国)に留学していたときに彫った自らの像で、当時海に流したものが漂着したものだった。
漁師の名前は、平間兼乗。 尾張生まれの武士だったが、父・兼豊とともに無実の罪で生国を追われ、各地を流れ歩いた末、川崎に住みつき漁師として生きながらえていた。
弘法大師をひたすら敬っていた兼乗は厄年の42歳になり、毎日厄除けの祈願を続けていたところ、ある夜、弘法大師が夢枕に立って告げた。
「我むかし唐に在りしころ、わが像を刻み、海上に放ちしことあり。 以来未だ有縁の人を得ず。 いま、汝速やかに網し、これを供養し、功徳を諸人に及ぼさば、汝が災厄変じて福徳となり所願もまた満足すべし」
木像を引き揚げた兼乗は、丁寧に清め、毎日供養を怠らなかった。 そんな日々が続いていたとき、高野山の尊賢上人が諸国行脚の途中、兼乗のもとに立ち寄った。 上人は木像の話を聞いて感激し、兼乗と協力して、大治3年(1128年)その地に寺を建立した。
寺の名前は、兼乗の姓から平間寺(へいけんじ)とし、御本尊を厄除弘法大師と称した。 これが、現在、初詣参拝者数で明治神宮、成田山新勝寺に次ぐ全国第3位296万人の「大本山川崎大師平間寺」の由来とされている。
兼乗が網を投じた場所は、大師河原、夜光町と呼ばれ、川崎市道路案内には、大同特殊鋼の敷地がほとんどの川崎区夜光2丁目に、歴史逸話を残すためか、「大師河原字夜光」と記されている。
日本資本主義を支え推進してきたこの地は今、コンクリートと無機質な機械の群れと濁った運河の水に支配され、貧しい漁師が投網する情景は想像だにできない。 ただ、「夜光」という名は、今も正しいと言える。 一帯の工場群の夜間の輝きはモンスターにも思える。 20世紀後半に公害の象徴でもあったその姿に、21世紀の若者たちは悪ではなくアートとしての美しさを見出している。
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それにしても、川崎大師の由来話は出来すぎている。
弘法大師、当時の空海は774年生まれ、835年没。 中国に留学僧として渡ったのは804年から806年の2年間。 このときに自分の木像を彫ったとすれば、320年たっても朽ちることなく中国から川崎にたどり着いたことになる。 しかも、潮流に乗って太平洋を漂い、うまい具合に、三浦半島と房総半島に挟まれた幅最小6.5kmの浦賀水道を通って東京湾に入り込まなければならない。 それは、まさに奇跡であり、奇跡だからこそ故事来歴は成立するとは言える。 信じない人は単に「眉唾もの」とせせら笑うだけだ。
ただ、この奇跡が起こりうることだったと思わせる最近の調査結果もないわけではない。
海洋汚染防止に取り組んでいるという某NPO団体が、2003~2004年にかけて日本の海岸に漂着するゴミを調査した。 その中から生産国表示が判読しやすい使い捨てライターの統計をとった。
それによると、全国92の海岸で拾った6609本のうち、中国製の5割は与那国島から屋久島にかけての地域に漂着した。 九州西岸では2割、日本海側の山形県で1-2割、太平洋側では高知県以北に行くと中国製は1割を切った。 この調査は具体的数字をきちんと示していないので、全体的に信頼性が欠けるのだが、興味深いのは、東京湾内で拾い集めた中にも中国製が数%含まれていたことだ。
ただ、この数%が中国から流れ着いたとは言い切れない。 中国人はところ構わずゴミを捨てる人々として世界的に知られている。 しかも近ごろの中国は、太平洋での軍事的存在感を高めようと多くの海軍艦船も遊弋しているし、数え切れない中国貨物船と中国人船員たちも日本近海にはいるはずだ。 彼らが海に投げ捨てるライターの数は馬鹿にできないだろう。
中国人観光客だって、ディズニーランドや横浜港周辺で珍しくない。 羽田空港の多摩川に面した区域には、日本語、英語、ハングルそれに中国語でも「立ち入り禁止」と表示してある。 中国人蜜入国者が上陸前にタバコに火をつけ、一服したあとライターを投げ捨てる可能性があるなどとは言わないが。
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宗教心が希薄な多くの日本人でも、神社や寺院の境内では、静謐の小宇宙を感じとるだろう。 この感覚は宗教というより文化であろう。 村や町の名の知られていない寺社でも、それは感じることができる。
川崎大師の境内というところは、その意味で、実に不思議な場所だ。
統一感が欠如しているのだ。 大山門をくぐると大本堂が目の前に聳え立っているのが目に入る。 そのほかにも、八角五重塔、不動堂など様々な建造物が広い敷地内に配置されている。 だが、建物のデザインのせいか、境内という宇宙の中の統一性が感じられない。 バラバラなのだ。
入場無料の仏教テーマパークとでもいった印象だろうか。 焼きソバやお好み焼きの出店の客引き、地べたに怪しげな骨董品まがいを並べた物売り、こういった俗物連中がひどく目立つ境内だ。 ここで心を洗われる神聖さや高潔さ、来世の幸福などという抽象的な満足感を求めることはできない。
「災厄消除」「家内安全」「商売繁盛」「身上安全」「心願成就」「開運満足」「安産満足」「病気平癒」etc。 なんでもありで護摩祈願を引き受けてくれる。 祈願料は最低の5000円から、特別大護摩の30000円以上まで様々。 2006年には新たに巨大な自動車交通安全祈祷殿を国道409号線沿いの広大な敷地に完成させた。 祈祷料は5000円。
おそらく、ここは現世の利益を露骨に、恥も外聞もなく求められる場所なのだ。怪しげな故事来歴など、どうでもいい。 宗教などと無関係の多くの日本人が、ひとときの夢を抱けるからこそ、川崎大師はいつも賑わっているに違いない。 きっと、それでいいのだ。
おそらく、ここは現世の利益を露骨に、恥も外聞もなく求められる場所なのだ。怪しげな故事来歴など、どうでもいい。 宗教などと無関係の多くの日本人が、ひとときの夢を抱けるからこそ、川崎大師はいつも賑わっているに違いない。 きっと、それでいいのだ。
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